「出し惜しみしちゃダメよ」
2008年11月11日(火) 8:18:55
秋田往復には新幹線を使ったのだが、座席の背に「トランヴェール」という薄い無料雑誌が挟んであった。手持ちぶさただったのでなんとなくそれを眺めていたら、巻頭エッセイを脚本家の内館牧子さんが書いていた。その中の一文。ちょっと長いが引用させていただく。
脚本家の橋田壽賀子先生が「おしん」を書かれている最中、私は先生の熱海の仕事場に通っていた。膨大な資料を整理する程度の手伝いだが、卵以下の私にとって、一流脚本家のそばにいられるのは、何ものにも替え難い幸せだった。たまたまではあるが、今の自分にとても響いたので備忘録的にここに載せておく。あぁ今読めて良かった。書いてくれてありがとう内館さん(面識ないが)。
それから約十年後、私はNHK朝の連続テレビ小説「ひらり」を書くことになった。先生は大喜びされ、一席設けて下さった。私は暮色の熱海が一望できる一室で、たったひとつだけアドバイスを頂いた。
「出し惜しみしちゃダメよ」
これは強烈だった。さらにおっしゃった。
「半年間も続くドラマだから、ついついこの話は後に取っておこうとか、この展開はもう少ししてから使おうとか考えがちなの。でも、後のことは考えないで、どんどん投入するの。出し惜しみしない姿勢で向かえば、後で窮しても必ずまた開けるものよ」
実はその時、私はすでに半年分の大まかなストーリーを作り終えていた。出し惜しみと水増しのストーリーだった。熱海から帰った夜、私はそれを全部捨てた。向き合う姿勢が間違っていたと思った。
「出し惜しみしない」という姿勢は、人間の生き方すべてに通ずる気がする。
以前、ボクも「出し惜しみしないこと」について、不定期日記に書いた。ムツゴロウさんのエピソードである。これは加筆修正してエッセイ集「人生ピロピロ」(角川文庫)にも収録した。「出し惜しみしないこと」はボクの中でとても大きな位置を占める言葉なのである。
でも、ふと気がつくと忘れている。今こそ必要な言葉だったりするのに肝心なときに忘れている。人生とはそんなことの繰り返しだなぁ。こんな体たらくでも少しはじわじわ前に進めているのであろうか。